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東京地方裁判所 平成10年(ワ)134号 判決

原告

栁澤昌利

ほか三名

被告

佐久間由明

主文

一  被告は、原告栁澤昌利に対し、金二六二三万〇三七一円及びこれに対する平成九年五月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告栁澤可枝、同栁澤利満、及び同栁澤宗行に対し、それぞれ金八七四万三四五七円及びこれに対する平成九年五月六日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを六分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告栁澤昌利(以下、「原告昌利」という。)に対し、金三二四九万一三六二円及びこれに対する平成九年五月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告栁澤可枝(以下、「原告可枝」という。)、同栁澤利満(以下、「原告利満」という。)、同栁澤宗行(以下、「原告宗行」という。)に対し、それぞれ金一〇八三万〇四五四円及びこれに対する平成九年五月六日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、以下に述べる交通事故につき、原告らが、亡栁澤富美子(以下、「亡富美子」という。)の損害賠償請求権を相続したとして、被告に対し、民法七〇九条及び自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という)三条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実及び証拠上明らかな事実

1  交通事故(以下、「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 平成九年五月六日午後八時五〇分ころ

(二) 場所 東京都墨田区八広一丁目二六番一四号先交差点の横断歩道上

(三) 加害者 普通乗用自動車(足立五三る一〇五、以下、「加害車両」という。)を運転していた被告

(四) 被害者 横断歩道上を歩行していた亡富美子(当時満五二歳)

(五) 態様 交通整理のされている前記交差点(以下、「本件事故現場」という。)を、加害車両が左折するに際し、自己の進行方向前方にある横断歩道上の歩府者の動静等を注視し、安全を確認しながら進行すべきであるのに、これを怠って左折進行したため、青信号に従って横断歩道上を歩行していた亡富美子に、加害車両を衝突させて、同人を轢過した。

2  責任

被告は、前記交通事故の態様で示したとおり、前方不注視・安全不確認という過失により本件事故を惹起したもので、民法七〇九条及び加害車両の保有者として自賠法三条により、本件事故から生じた損害(人損)について賠償する責任がある。

3  結果

本件事故により、亡富美子は、骨盤粉砕骨折等の傷害を負い、平成九年五月一〇日出血性ショックにより死亡した。

4  相続

原告昌利は亡富美子の夫であり、その余の原告らは亡富美子と原告昌利の間の子である。

二  争点

本件の争点は次の二点である。

1  原告らの主張する損害額、特に亡富美子の逸失利益、慰謝料及び弁護士費用の額

2  被告の主張する過失相殺の有無

第三当裁判所の判断

一  損害額について

原告らの主張する損害について、以下において当事者らの主張を必要な範囲で示しつつ検討することとする。なお、結論を明示するために、各損害ごとに裁判所の認定額を冒頭に記載し、併せて括弧内に原告らの請求額を記載する。

1  入院関係費用

合計金一〇万四一五〇円(合計一八万八二九一円)

原告らの請求額は別紙入院関係損害明細のとおりである。

入院雑費は、亡富美子の受傷日である平成九年の五月六日から死亡した同月一〇日までの五日間、一日金一三〇〇円を要したものと認めるのが相当であるから、合計金六五〇〇円である。

入院付添費は、亡富美子の傷害が重く、結果的に事故から四日後に死亡していること、医師の指示があったこと等(弁論の全趣旨)に鑑み、原告昌利及び原告利満の二人につき、一日金六〇〇〇円の入院付添費を認めることができるので、合計で金六万円となる。

タクシー代、駐車料金、寝台自動車料金の合計金三万七六五〇円は、すべて本件事故と相当因果関係のある損害として認めることができる(甲第四号証の2ないし9、11ないし13、16ないし21)。

亡富美子の兄らの上京費用については、相当因果関係のある損害とみることはできず、かりに、被告の任意保険会社の担当者がこれを損害に含めることを承諾したとしても、最終的に示談で解決できなかった以上、本件で被告に賠償を求めることができる損害と認めることはできない。

以上によれば、入院関係の損害は合計金一〇万四一五〇円である。

2  葬儀関係費用 金一二〇万円(金六七三万六八三三円)

原告らは、亡富美子の葬儀・法要関係費用、位牌・仏壇仏具購入費用として、合計金六七三万五八三三円を請求しているが、葬儀関係費用(仏壇仏具購入費も含めて)として被告にその賠償を求めることができる金額としては、金一二〇万円と認めるのが相当である。

3  逸失利益

金二六一五万六五九二円(金二六一五万七六〇〇円)

亡富美子は、有限会社柳澤製作所の取締役として年間三六〇万円の収入を得ていた(甲第一五号証の1、2)ので、これを基礎収入として、生活費控除率を三〇パーセント、就労可能年数を死亡時の五二歳から六七歳までの一五年間としてライプニッツ係数(一〇・三七九六)を用いて中間利息を控除すると、金二六一五万六五九二円となる。

なお、被告は、生活費控除率を四〇パーセントとすべきである旨主張しているが、本件の亡富美子に関し、通常の女子と異なった扱いをすべき事情は見いだせない。

計算式

3,600,000×(1-0.3)×10.3795=26,156,592

4  慰謝料 金二二〇〇万円(金二六〇〇万円)

(一) 原告らは、本件事故態様において、加害車両が亡富美子と衝突し、同女をボンネットの上に跳ね上げた後も、直ちにブレーキを掛けることをしなかったばかりか、逆に加害車両を加速させたとして、慰謝料の増額を主張している。

これに対し、被告は、制動の遅れたことは認めるものの、これは交通事故を起こしたことに狼狽したためであって慰謝料の増額事由にならず、かえって、事故後の救護措置や、入院中のお見舞い、葬儀等への参列、さらには遺族への謝罪等を行って誠意を示していることを慰謝料の減額事由として主張している。

(二) 本件の事故態様は、原告が主張するように、加害車両が亡富美子と衝突した後に、加害車両の右前輪で亡富美子を轢過したものであり、轢過した原因の一つとして、加害車両の制動の遅れがあったことが認められる(本件事故の刑事関係書証、甲第一七ないし第三四号証)。しかし、制動が遅れたこと自体が過失行為の内容をなすものではあるが、それは、被告が事故を惹起したことに対して一瞬狼狽したために、アクセルペダルの上に置いていた足を動かせなかったためにブレーキ操作が遅れたというもので、被告がアクセルを踏んで意識的に加速したとまで認定すべき証拠はない(甲第二九ないし第三四号証。甲第二四号証(鈴木邦夫の警察官調書)によれば、本件事故の目撃者である訴外鈴木は、衝突後加害車両が加速したとの認識を有しているが、添付図面によれば、衝突地点と最終的に停止した地点とは約一五メートルしか離れておらず、被告の意識的な加速を推認させるものではない。)。

(三) 本件は、死亡事故という重大な結果をもたらした事案であり、被害者及びその遺族が多大な精神的な打撃を受けていることは当然であり、また、轢過という点が被害感情を増大させていることも事実であろう(甲第三八ないし第四一号証)。

また、事故態様においても、被告側に大きな過失のある事故であることは前述したとおりであるが、しかし、被告に故意またはこれに比肩するような重大な過失があるとまでは認められない。

したがって、被告側が慰謝料の減額要素として主張している、事故後の被害者やその遺族らに対する被告の謝罪の措置等をも考慮すると(現場での救護は極めて当然のことであり、そのことが慰謝料の減額事由になるとは考えにくい。)、本件の慰謝料については、特段の増額も減額も要しないものと判断され、慰謝料の額は金二二〇〇万円とするのが相当である。

5  弁護士費用 金三〇〇万円(五九〇万円)

原告らが原告ら代理人に本件訴訟の提起・追行を委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、本件事案の内容(事故態様は悲惨ではあるが、事案としては責任が明確である。)、審理経緯(原告らにとって主張・立証に特段の努力・工夫を要するものはなかったこと等。)、認容額、さらには本訴提起前の交渉経緯等の諸事情を総合的に考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害として、弁護士費用は金三〇〇万円を認めるのが相当である。

被告は、本件訴訟が、原告らの権利擁護のために訴訟提起を余儀なくされたのではなく、刑事裁判の結果に対する不満を民事訴訟の名を借りて解消しようとしたものであるから、本件に関する弁護士費用は本件事故との相当因果関係を欠くと主張し、かりに、因果関係が認められるとしても、その額は、判決認容額から訴訟提起前に、被告側が和解案として示した金額を控除した金額の五パーセントが相当であるとしている。

しかし、原告らが本件事故の刑事的な処分について仮に不満を持っていたとしても、本件訴訟においては民事的な解決を求める中で、原告らの主張を展開しているのであるから、本件訴訟の提起が原告らの権利擁護のためになされたものではないと言うことはできない。

また、原告らと被告の間での訴訟前及び提訴後の和解交渉の経過についても、被告が示談及び裁判上の和解を成立させるべく努力したと評価される余地はあるが、だからといってそのことから直ちに、判決で認められる総損害額(弁護士費用を除く)から被告側の示談段階での最終提示額を控除し、右金額を基準に弁護士費用を決めなければならないというものではない。このような交渉経過も、被告に賠償させるべき弁護士費用の額を認定するに際して、一つの考慮すべき要素になるに過ぎない。

この点の被告の主張は理由がない。

6  損害額合計 五二四六万〇七四二円

二  過失相殺

被告は、亡富美子にも、本件交差点を横断する際に、青信号に従い減速の上本件交差点を左折した加害車両に対する注意を全く欠いていたので、一割程度の過失相殺をするべきであると主張している。

たしかに、横断歩道を横断中の歩行者であっても、周辺の状況に注意し、交通事故を避けるべき注意義務があることは否定できないが、横断歩道を青信号に従って横断する歩行者には最大限の保護が与えられるべきであり、本件において、加害車両が一時停止をしたり、警笛を鳴らす等の事故回避のための具体的な行動の認められないことや、前述のとおり、被告側に、前方不注視・安全不確認、さらには衝突後のブレーキ操作の不適等の大きい過失が認められることをも考慮すれば、亡富美子に過失相殺されるべき落ち度はなかったと言うべきである。

被告の主張は採用できない。

第四結論

以上により、原告らの請求は、原告昌利分として金二六二三万〇三七一円、その余の原告ら分としてそれぞれ金八七四万三四五七円及び事故日である平成九年五月六日から各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 村山浩昭)

(別紙)

二 入院関係損害明細

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